2006年 04月 26日 ( 1 )

むかしばなし

『スープ・ストーン』
むかしむかし、あるところに貧しいひとりの若者がいました。
彼はとても貧しく、食べ物を買うお金もありません。
食べ物を得ようと一日中歩き回っていた彼は、お腹ぺこぺこで、森の中の一軒の家を見つけました。
「すみません、とてもお腹がすいているんです。何か食べ物を分けてもらえませんか。」
すると家の中からはおばあさんが出てきて、「ここには、あんたにやるような物は何もないよ。」と言いました。
すると若者は、ポケットから小石を1つ取り出して、言いました。
「これはスープ・ストーン(スープが作れる石)です。僕を中に入れて、この石でスープを作らせてもらえませんか。」
おばあさんは、聞いたことのない不思議な話にびっくりして、それを見てみたくなり、彼を中に入れてやりました。
若者は鍋を借りて湯を沸かし、その中に例の石をほうりこんで、ていねいにかき回します。
おばあさんは、「もうできたかい。」と彼にたずねます。
すると彼は、「とんでもない!まだまだ。おいしくできてるんだけど・・うーん・・玉ねぎが1つか2つ入れば、もっと良い味になるんだけどなあ。」と答えました。
「そうかい、玉ねぎだね。ちょっと待っとくれ。」
おばあさんは戸棚から玉ねぎを取り出し、彼に渡しました。
若者は、「にんじんがあればなあ。」「鶏肉をいれると完璧なんだけど。」と次々に材料を要求し、そのたびにおばあさんは言われた材料を家の中から集めてきて、彼に渡すのです。
そうして彼は、おいしい『石のスープ』を完成させました。
「このスープはほんとにおいしいねえ。私もこんなスープが作れるスープ・ストーンがあったらねえ。」とおばあさん。
「そうだなあ・・。親切にしてもらったし、もうお腹もいっぱいになったから、この石はあげるよ。」と若者は答えます。
ニコニコと手を振るおばあさんに別れを告げ、若者はもと来た道をたどっていきました。
そして、ほくそえみながら道端の小さな石を拾いあげ、それをポケットにしまったのでした。

これは、ふと手にとった「スープ・ストーン」というお話です。
英語で書かれていましたが、どこの昔話かはわかりません。
なんとなく、『欲をはって他人に意地悪をすると、しっぺ返しをくらうよ』という教訓めいたものを感じるのですが・・。
現代の感覚で読むと、かなり違和感があります。
①どうして働き盛りの若者が、一銭もお金を持っていなくて、一日中ぶらぶらしているのか。探せば何か仕事があるだろ!
②突然やって来た見知らぬ人を、家に入れないのは当然。もしかすると強盗かも。それに、親切に食べ物をあげたはいいが、毎日来られたりすると困る!
③ふつう、途中で気づくだろ!!
しかし、昔話というのは、このようなツッコミをいれてはいけないものなのです。
桃から男の子が生まれるわけがないとか、亀に乗って海にもぐって呼吸はどうするんだとか、鶴が人間に変身するなんてありえないとか。
教訓があるとかないとか、筋が通っているとかいないとか、現実的に不可能とか、そんなことはどうでもいいのです。
だってそれは『むかしむかし・・』のお話で、私たちのいる現実世界とはまた、別の世界だからです。

しかし、この『スープ・ストーン』を読んで、実はこれは『むかしむかし・・』のお話ではないぞ、と気づきました。
「お金をめぐんでほしい」と言って、道端に座り込んでいる人、声をかけてくる人、家々を訪ねてくる人が、普通にメキシコにはいます。
先日のチワワ旅行の道中で、こんなことがありました。
La Junta(ラ・フンタ)という町でバスを待っていると、貧しい身なりの若者がふらりと近付いてきて、「1ペソくれ。」と言いました。
その時いっしょにいたおじさん(地元の人)が彼に「NO!」と言って、彼はその場を立ち去りました。
おじさんは私に、「あいつは怠け者だよ。若いのに、働きもせずぶらぶらしているんだ。そして、酒を飲むためにこうやって、人にお金をせびっているのさ。」と言います。
その若者は道を横切って、向かいの酒屋へと入っていきました。
これは、どう理解したらいいのでしょうか。
仕事もせずぶらぶらしている彼は怠け者?
それとも、働きたくても仕事がないのが現実?
メキシコでは、お金持ちの人は高い教育を受け、コネで政府や大企業に就職、一方、貧しい人は小さい頃から働き、学もなく、仕事にありつけないというのが現実にあります。
※注 すべての人がそうではない
『全く仕事ができない』または『人からお金をもらうほうが楽』という人達が時々、私にお金をくれと言います。
『仕事ができないかわいそうな人』にお金をあげるのは気持ちの整理がつきますが、一体どちらなのかは判断できません。
また、『お金をあげて、金持ちだと思われ狙われたらどうしよう』、『偽善者っぽくてイヤだな』、『身なりが汚くて怖いな』そんな気持ちが働きます。
結果、気が向いた時、その人が気になった時だけ、私はお金をあげています。
彼らに比べたら私はめちゃくちゃお金持ちで、いくらでも与えることができます。
あの、若者に食べ物をあげなかった欲張りなおばあさんの立場にいるわけです。
物語の教訓によると、欲張って人に分け与えることをしないと、そのしっぺ返しをくらいます。
しかし現実は、そう単純ではありません。
何をするにしても、自分の判断と責任で行うしかないのです。
そういうわけで私は、自分の気が向いた時だけ、気になった人にだけ、与えることにことにします。

補足
私は『スープ・ストーン』のお話から教訓めいたものを感じましたが、色々な解釈があると思います。
単純に、若者とおばあさんの駆け引きを楽しむ話でもいいと思います。
読み方は人それぞれだと思っています、あしからず。
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by mangorico2 | 2006-04-26 05:16 | 考え事・・