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プエブラへ2

プエブラといえば、タラベラ焼きが有名です。
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もともとこの辺りは、先住民による陶器作りが盛んだったそうですが、今のような形になったのはスペイン人がやってきてから。
スペインのマヨルカ島から伝わった地中海起源の陶器に、中国などからの技術も加わり、これらの各種要素が融合してタラベラ焼きが生まれたそうです。
(地球の歩き方情報)
写真のように白地に青の模様が特徴ですが、赤や黄色の鮮やかな色が加えられたものもたくさんあります。

プエブラの建物には、このタラベラ焼きのタイルがふんだんに使われていました。
スペイン植民地時代に建てられたこの街並みは、とても美しく、ユネスコの世界遺産に登録されています。
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砂糖菓子のような、アンティークのおもちゃのような町でした。

チョルーラの遺跡で時間を使いすぎて、セントロはPaco(パコ)の車で駆け足で回りました。
写真はすべて車の中から撮ったもの。
パコ、それからパコのお友達(名前忘れた)ありがとうね!
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by mangorico2 | 2005-12-23 07:12 | メキシコの旅

プエブラへ

Puebla(プエブラ)という町を訪ねました。
メキシコシティから東にバスで2時間。
和歌山県で働く友人Pacoがプエブラの出身で、ちょうどクリスマス休暇で帰るというので会いに行ったのです。
バスターミナルに、Pacoは友人とともに迎えに来てくれました。
「どこに行きたい?」と聞いてくれる彼に、「町並みを見たり、民芸品を見たりしたい」と答えました。
そして、「プエブラの近くには、たしか遺跡があるんだよね。いつか行ってみたいなあ。」と言うと、「よし、そんなに遠くないし今から行ってみよう!」と言ってくれました。
プエブラ市街から20分ほど車を走らせると、Cholula(チョルーラ)という町に着きます。
そこは、アステカ時代に人口10万人を越えた大都市で、その中心部にあった神殿の一部が残されています。
チョルーラに着いて「ここが遺跡だよ」と言われたところからは、小高い丘と、その上にたつ教会しか見えませんでした。
そして、「ここから入っていくんだよ」と案内されたところは、洞窟のような狭い地下道でした。
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大きな男の人ならつっかえてしまいそうな地下道。
ここは神殿の内部で、通気孔や雨水を取り入れる仕組みを見ることができました。
湿気がこもってムッと暑い神殿の中をくぐりぬけると、ぱっと景色が開けました。
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Pacoが教えてくれます。
「この丘のように見えるところが、実は神殿だったんだよ。征服者たちはこの神殿を壊して、その石を礎にあの教会を建てたんだ。」
チョルーラの町も、先住民都市の廃墟の上に建っているそうです。
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地球の歩き方からの情報ですが・・・
「チョルーラの中心部は、Tlachihualtepetl(トラチウアルテペトル)という大神殿だった。これは、一辺439m、高さ59mを誇った大神殿。紀元5~8世紀の間に建造され、往時にはテオティワカンの太陽の神殿をしのぐ偉容を誇ったと推測される。」

駆け足で見て回る予定だったのですが、思っていたよりも広く2時間弱もいてしまいました。
お腹がすいたので、みんなで食事に行きました。
プエブラの名物料理といえば、mole poblano(モレ・ポブラーノ)です。
これは、唐辛子、木の実、チョコレートなどの香辛料をたくさん使ったソースで、鶏肉を煮込んだ料理。
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モレには他に、モレ・ベルデ(緑のモレ)、モレ・ロホ(赤のモレ)があるそうですが、プエブラといえばモレ・ポブラーノ(プエブラのモレ)です。
チョコレートがきいて甘いもの、チレがきいて辛いものなど、レストランや家庭によって味が違います。
好き嫌いがはっきりする料理ですが(メキシコ人でも嫌いな人がいる)、私は好きです。
このレストランのモレは、甘くて辛いという味でした。

プエブラの町並みについては、明日レポートします。
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by mangorico2 | 2005-12-22 10:16 | メキシコの旅

mariposa monarca

オオカバマダラという蝶をご存知ですか?
スペイン語ではmariposa monarca(マリポサ・モナルカ、帝王蝶の意)といいます。
オオカバマダラは、「渡り蝶」として有名です。
秋になると、カナダとアメリカ合衆国の国境(ロッキー山脈の東西に分布)あたりから、カリフォルニア、またはメキシコのミチョアカン州へと大移動を行います。
距離にすると、片道3800km以上。
そして、春になるとまた、もとの住処にもどるべく北上するのです。
長年、この蝶の越冬先は謎でしたが、ある研究者が蝶の渡りを追いかけ追いかけ、ついにミチョアカン州の森を突き止めました。
青い空を舞う蝶の大群。
蝶が身を休める木々は、何万という蝶の重さに耐え切れずにしなるそうです。
↓オオカバマダラのオス。羽の中央下部にある黒い斑点が特徴。
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その光景、是非見たい!!
ということで、行ってきました。
モレーリアから蝶の保護区まで、観光ツアーが出ています。
ガイドさんが同行してくれて、昼食付で400ペソ(約4000円)。
朝8時半に集合場所に行くと、私(ひとりで参加)ともう一組がいました。
アメリカで生まれたメキシコ人の姉弟と、モレーリアに住む彼らのおばあさんと伯母さんです。
まもなくワゴン車が到着。
彼ら4人と私、ガイドさんと運転手の計7人の小旅行が始まりました。
蝶の保護区ロサリオまでは、片道3時間です。
道中も、通り過ぎて行く町の説明をガイドさんがしてくれました。
小さな田舎町を通りぬけ、葦で作った手作りのかごを売る店々を横目に見、山を越え、大きな湖に目を奪われ、飽きることのない道中でした。

ロサリオに着きました。
蝶の住む山のふもとに車を停め、徒歩で群生地を目指します。
車を降りると、もうそこは蝶の聖地でした。
山の上からふもとに降りてくる蝶の群れ。
私たちにぶつかりそうなくらい、低いところを飛んでいる蝶もたくさん。
こんなにたくさんの蝶をみたことがありません。
↓小さくてわかりづらいかも。拡大してご覧下さい。
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蝶の群生地までは、徒歩で約40分です。
はっきりと覚えてないのですが、ここは高度2000mだか3000mだかの高地で、坂道を登り続けるのはかなりキツかったです。
舗装されていない道は砂埃が舞い、靴もGパンも真っ白になってしまいました。
しかし、何万という蝶が群がる光景を見てみたいと思い、がんばって登ったのですが・・
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群生地です。
蝶はどこ・・・?!と思っていると、ガイドさんが教えてくれました。
「あの、葉っぱのような、灰色の部分が蝶だよ」と。
群生地の真上には大きな雲が横たわっていて、全く光が差してきません。
蝶たちは、太陽の差す温かい時にだけ羽を広げ、森の中を飛び回るそうです。
陽を受けた蝶のオレンジ色の羽は、光り輝き、それはそれは美しいそうですが・・・。
この日は寒く、蝶たちは羽をたたみこんでお休み中。
彼らがとまるのは、松の木の一種です。
ああ~せっかくここまで登ってきたのに!!

ここロサリオには、1億5千羽の蝶がいるそうです。
オオカバマダラの移動については、まだまだ研究中とのこと。
ある研究者が、蝶を追いかけてこの森にたどり着きましたが、地元の人々は毎年ここに蝶がやってくることを知っていました。
死者の日(日本のお盆のような日)を祝う11月の始め頃に訪れる蝶を、地元の人達は、「先祖の魂が帰ってきた」と言っていました。
蝶たちはここで、3月まで暮らします。
その間卵を産み、仲間を増やして、また元の住処へと大移動をします。
なぜ蝶たちがこの森を選んだのかは、今でも謎です。
理由としては、ここは温暖湿潤で、水源があり、幼虫のえさであるトウワタ(スペイン語でalgodoncillo・アルゴドンシージョ)が豊富にあることだろうと言われています。
↓かわいい花をつけるトウワタ
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このトウワタは、オオカバマダラにとって重要です。
なぜなら、幼虫がトウワタを食べることで、トウワタの持つ毒性が幼虫から成虫まで蓄積され、鳥たちに狙われなくなるからです。
この毒はとても強く、鳥たちはオオカバマダラを食べても、すぐに吐き出してしまうそうです。
オオカバマダラの美しい模様は、毒を持っているというアピールでもあります。

群生地では、蝶の舞う姿を見ることができませんでした。
がっかりしながら山を降りていくと、山の下の方は陽が差してポカポカと温かい気候。
どうして、山の上は曇りなんだーーー!と嘆いていると、頭上を蝶たちが通り過ぎて行きました。
一番の見所は見られなかったけど、それでも、初めて見る蝶の群れは美しかったです。
森林伐採や環境の変化などで、数が減っているというオオカバマダラ。
この森と、蝶たちが、いつまでも美しいままであるといいなと思いました。
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by mangorico2 | 2005-12-21 18:17 | メキシコの旅

posada

モレーリアに着きました。
いつも泊めてもらっている友達の家に着くと、「今日はposada(ポサダ)をするわよ」とお母さんが言いました。
玄関には、今日割られるためのpinata(ピニャタ)が。
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ポサダは、クリスマスに関連する大切な行事ですが、日本では知られていません。
ポサダとは、スペイン語で宿という意味です。
キリストが生まれる前、お父さんのヨゼフとお母さんのマリアは、旅をしていました。
そして、身重のマリアを泊めてくれる宿を探して回りましたが、断られてばかり。
9日間訪ねまわって、ようやく24日に馬小屋の中に泊めてもらうことができました。
ポサダは、このヨゼフとマリアの巡礼を模しています。
本来は16日から23日まで毎晩、ご近所のみんなと集まって順番に家を回り、「訪ねては断られ」ということを繰り返します。
そして、24日の晩についに扉は開かれ、みんなで中に入ってパーティをするのです。
現在では、ポサダは16日から23日までの1日だけ、家族や親戚が集まって行うことが多いです。
さらに、クリスマス休暇前に職場や学校の友人と集まるパーティも、ポサダと呼ばれています。
その場合は宗教的な意味合いはなくて、普通のパーティです。
日本の忘年会みたいなかんじかな。

夜8時頃になって、親戚や友人が集まってきました。
最初に、お祈りの言葉を唱和していきます。
私には何のことかわかりませんでした(^^;)
その後、手に手にろうそくを灯して、家の中で巡礼の真似をしました。
扉の内側と外側に別れて立って、何か、言葉をやりとりしています。
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と、私のろうそくが吹き消されました。
友達のシルビアが、いたずらっぽくこっちを見ています。
さらに、隣の友達のろうそくも消そうともくろんだりして、すっかりふざけてる。
ラサロ(シルビアのお兄さん、写真の男の子)の火をもらった私のろうそくを再び狙っています。
そんなことをして遊んでいたら、いつのまにか儀式は終わっていました。
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お菓子の詰め合わせと、フルーツの詰め合わせをもらいました。
みかん、サトウキビ、ピーナッツ、グアバは、ポサダの定番だそうです。
それから、ponche(ポンチェ)も頂きました。
これは、パイナップル、グアバ、サトウキビ,エホコテ(びわみたいな果物)、リンゴ、干しブドウetcの果物とラム酒、シナモン、黒砂糖を煮詰めて飲む、温かくて甘い飲み物。
ポンチェのレシピは、各家によって若干違います。
ポサダといえばtamales(タマレス。とうもろこしの粉を練った生地を、とうもろこしの皮に包んで蒸した料理)も定番料理ですが、この日はありませんでした。
ポンチェで温まりながら、順番にピニャタを叩く順番を待ちます。
パーティには必ず登場するピニャタ。
最近はアニメのキャラクターなどのものが多いですが、クリスマスの時のものは星型です。

かわいいのに・・・みんな思いっきり叩いていきます。
たまに、ピニャタを割る前に、ピニャタを叩く棒を折ってしまうこともあります。
その後、夜遅くまでみんなでゲームなどをして遊びました。
明日仕事がある人もいるのに・・・メキシコ人はとてもタフです。

※ピニャタについての説明は、アリクイ通信(1)の10月24日のページをご覧下さい。
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by mangorico2 | 2005-12-20 07:21 | メキシコの旅

お引越し

おかげさまで(?)アリクイ通信の容量がいっぱいになりましたので、こちらに引越してきました。
今後とも、アリクイ通信ならびにアリクイ通信2をよろしくお願いします。

最近、エキサイト以外のページのリンクも貼れる(表示できる)ことを知ったので、少しずつ増やしていこうと思います。
リンク希望の方がいましたら、お知らせ下さい。
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by mangorico2 | 2005-12-18 21:47 | クリアカン